プジョー308sw(2019~)

プジョー308sw 1.5ディーゼル購入記①〔プジョーの思い出とラリーでの活躍編〕

2019年6月29日

2019.6.29
こんにちわ、REIWAです('ω')ノ
今回は3年間お世話になったヴェゼルに代わって令和時代の幕開けと共にわが家にやってきたライオンのエンブレムでお馴染みのプジョーのミディアムモデル、308swを紹介させていただきます。

F1のホンダからWRCのプジョーへ

すでに手放したヴェゼル(ハイブリッドZ ホンダセンシング 2016年モデル)には大なり小なり欠点というのはありましたよ、正直言って。でもね、一番残念だと思ったのは購入店であるホンダカーズの無礼な対応の数々。ユーザー車検が無事終わったのも束の間、トラブル再燃などもあってちょっともうウンザリ(-"-)このままこのクルマを所有していてもストレスになるしクルマも可哀想…。手放すなら早い方がいい…。そう考えてすぐに売却する事にしたんです。このようなクルマの手放し方というのは長いカーライフの中でも初めての事、次のクルマの事なんて当然計画してないので暫くはチャリンコとバイク、そしてたまには電車もいいんじゃない。などと自分自身を納得させてはみるものの18(歳)で免許を取ってからサンジュウ数年、テメエのクルマが無えなんて事は一度たりとも無えんだよぉ~う(←歌舞伎役者風w)。そんな訳でクルマが無いと不便というより寂しいわけ(´;ω;`)やっぱり…。で急遽REIWAのメガネに適うクルマを探す事になったという訳っす。

以前「ヴェゼルありがとう そしてさよなら」というブログでも書いたようにこのクルマは乗り心地と静粛性がREIWAにとっての欠点の一つ、いや二つ。そこで長時間のドライブでも快適に過ごせるクルマをイメージしてみたんです。そこで頭に浮かんだクルマというのがフランス名物の石畳の道路とラリーで鍛えられたプジョーΣ(・ω・ノ)ノ!しかしここ何年何十年とプジョーのクルマに興味を持つ事なんてなかったし意識する事もなかったんで早速とばかりにパソコンを立ち上げてプジョーの近況とかラインナップ。プジョー車のオーナーのレビューなどを覗いてみることに...。

プジョーの事をはじめて知った205Gti

プジョーといえば205を思い浮かべる方も多いと思います?1980年代にクルマと共に青春を謳歌していたREIWAと同世代の方の中には頷く人も多いと思います('ω')
このプジョー205とは本国フランスから3年遅れの1986年に海を渡って上陸してきたクルマでイタリア最大のカロッツェリアであるピニンファリーナとの合作で誕生したお洒落なフランス車の事。この当時日本ではハイソカー(今でいうVIP系?)と並んでボーイズレーサーといったジャンルのクルマも大変人気でした。免許取りたてのREIWAも白/銀ツートンのホンダ バラードスポーツCR-X1.5iを手に入れ、お豆腐屋さんを主人公にしたあの有名な漫画のように夜な夜な湖のある峠にクルマを走らせに行ったりしてましたよ。このジャンルのクルマというのは軽量コンパクトボディに1L~1.6L位までのパワフルなエンジンを載せた”元気ハツラツ”なクルマの事でミッドシップカーも登場するなど国産各メーカー並々ならぬチカラの入れようでした。一見すると日本で流行っているこのようなジャンルクルマと似通った”出で立ち”のプジョー205でしたが乗ってみると別次元!。

それというは親友Tが「借りてきたから乗ってみる~」と運転してきた”プジョー205Gti1.6”。もちろん「乗る乗る!」ということで朝までTと二人でみっちりドライブさせたことがあります(外国車自体珍しかった時代ですからw)。その時の印象は今でも脳裏に刻まれていて”絨毯の上を走っているかのようなマイルドな乗り心地” "なのにコーナリングもビシッと決まる!" "スタビリティが高いー…" 結構感動してたと思います。凄いな!と。「欲しい!」と思ったけど買う事はなかったです。現在のように情報も容易く手に入らなかったのもあって外国車はなんていうか…未知の存在、そんな風に思ってましたから(^^;
因みにはプジョーと同郷であるルノー・シュペール5(サンク)もこの頃よく目にしました、このようなファッショナブルなフランス製コンパクトハッチはこの時代のお洒落センサーが敏感な人が好んで乗っていた、そんなクルマだったと思います、はい。

↓プジョー205GTi1.6

↓ルノー5(2代目)

プジョーの武勇伝

そんなプジョー205がその名を世界に知らしめたのがラリーです!WRCグループBです!WRC黄金期といわれた伝説のグループBとは最高出力が600馬力に届かんばかりの過激なレギュレーションのもとワークスチームが熱いバトルを繰り広げたレース。過激なマシンでのレースという事もありレース中のアクシデントで亡くなったドライバーもいました。そんな事情で一部のワークスチーム撤退などもあり1986年までのわずか4年間で幕を閉じる事になります、男が男だったこの時代、伝説に残るモンスターマシンが次々にグループBに投入されました。
この当時REIWAが憧れたのがイタリアの【ランチャ・デルタS4】です。グループB終焉の引き金となる事故を起こしてしまう事になりますがエキゾチックなスタイリングとMARTINIカラーは今も色あせる事なく格好良いですよね!

 

【アウディ・クアトロ】は言わずと知れたクアトロ=4輪駆動車の事です。現在では当たり前の4輪駆動システムも当時は重くて複雑という理由でレースの世界では好まれていなかったようですが、アウディはライバル達よりいち早く高性能なクアトロシステムをレースの場に持ち込み成功する事になります、それは現在のアウディブランドの礎にもなっています。

【フォード・RS200】85’と遅ればせながら登場した4輪駆動専用車、フォードはラリーの世界でも歴史があります、そしてWRCを支えているメーカーです。グラスファイバー製のボディは個性的なスタイリングで一度見たら忘れられません。

そして【プジョー205ターボ16】WRCに参戦する目的で誕生したミッドシップ4輪駆動車、ホモロゲ―ションを受ける為200台だけ発売されたクルマで普通の205と中身は別物です。因みに当時のレートで800万円。勝利する事を義務付けられこのマシンは参戦初年度の84’年は中盤から参戦、そして出走したレースの半分を勝利で終えるというモンスターぶりで世界のレースファンにその存在感をアピールしました。しかし更に驚かされるのはその後の1985年と1986年のコンストラクターズ/ドライバーズタイトルの2連覇を達成したという事です!
因みにこのクルマの開発陣頭指揮をとったのは後にフェラーリのF1チームを率いて活躍したフランス人のジャン・トッドさん、現在はFIA(国際自動車連盟)の9代目会長さんです。

プジョー205はパリ・ダカールラリーでも大活躍します。プジョーが「砂漠のライオン」と称えられる事になったサハラ砂漠を経由する過酷なラリー。日本でも「パリダカ」と親しみをもって呼ばれているので多くの方が一度はその名を耳にした事があると思います。
1987年のパリダカデビュー戦ではレースの途中でミッショントラブルに見舞われ大幅に遅れをとる事になってしまいます、しかし1日で”250台”抜きの離れ業を演じたプジョーのエースドライバー ”アリ・バタネン”がパリダカ参戦用に開発した205ターボ16グラン・レイトを操りプジョーのパリダカデビュー戦を見事な勝利で飾ってみせました。

 

その②へ続く

 

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バイクと海とディスコ、そしてクルマ…いつも腹ペコだったけど毎日がドラマチックだった昭和の時代、振り返れば毎日を忙しくやり過ごしていた記憶しかない平成の時代…。 こんにちは!REIWAです('ω')ノ 何かとめんどくさがられるバブル世代のおっさんですw バブル世代と言ってもバブリーなオイシイい思いをした事なんてないんですよ(^^; 令和の時代はこれまでにない心にゆとりをもった過ごし方をしていきたいと思います。 どうぞよろしく (`・ω・´)ゞ

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